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2010/02/14

梅を詠んだ和歌2首

今は丁度、梅の季節。あちこちから、ほのかな甘い香りが漂ってきて、凍えるような寒さの中にも確実に近づいてくる春を感じます。

この梅の花を愛したことで知られるのが、右大臣・菅原道真公(追贈・太政大臣)。
中級貴族の家柄に生まれながら、時の帝にその才能を愛され右大臣まで登り詰めますが、ライバルの左大臣・藤原時平の讒言にあい、都を追われ、九州の大宰府に左遷されます。
都を去るとき、道真公は自宅の庭に植えられた梅の木のことを和歌に詠みました。

 東風吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな

東風は「コチ」と読みます。東から吹く風というより、むしろ春風の意味。「春風が吹いたなら、私が都を去ってもきちんと花を咲かせるのだぞ、梅の花よ」と、悔しくやるせない気持ちを詠んだ歌です。

この歌に詠まれた梅の木、道真公が大宰府に去ると、その後を追いかけて大宰府まで飛んでいったという伝説があります(飛梅の伝説)。梅の木にまで慕われる道真公の人柄が偲ばれますね。

ところで、上の道真公の歌にそっくりな歌を、鎌倉幕府の三代将軍・源実朝公が詠んでいることは意外と知られていないですね。実朝公は和歌の名手で「歌人将軍」とも言われました。
どのような歌かというと、

 出でていなば 主なき宿と なりぬとも 軒端の梅よ 春を忘るな

というもの。
実朝は建保7(1219)年1月、自身の右大臣拝賀の式の当日、鶴岡八幡宮境内で甥に殺害されますが、この拝賀式に出掛ける直前に、この歌を詠みました。

この歌は明らかに、上の道真公の歌の本歌取り。都を追われる道真公に自分を重ねあわせて詠んだもの。すなわち、この後訪れる自らの死を予見した辞世の歌です。

平安時代と鎌倉時代、2つの時代に2人の右大臣が詠んだ梅を題材にした和歌は、いずれも物悲しく、そのせいか梅の花を見ると、寂しい気持ちになります。

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