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2007/08/28

「京都五山 禅の文化」展

現在、上野公園内の東京国立博物館・平成館で開かれている「京都五山 禅の文化」展(足利義満六百年御忌記念)に出掛けてきました。

出品は、主に京都の禅寺(主に相国寺)が所有する彫刻・絵画・書など。
中国から伝わった「禅」が日本に浸透していく過程において、夢窓国師とその弟子や足利将軍家がどのような役割を担ったか、また、禅が日本文化にどのような影響を及ぼしたか等、非常に分かりやすく解説されていました。

今回の展示品の中で、特に興味深かったものを少々。

・夢窓疎石(夢窓国師)墨蹟 「別無工夫」(べつにくふうなし)
⇒「工夫」とは、ここでは修行の意味。夢窓国師が足利尊氏の弟・直義に「戦ばかりで、禅の修業が全くできないがどうしたらよいか」と問われた際、「特別なことをすることはない。日々の実践こそが修行である」と答えたのだそうです。

・鳴鶴図
⇒古来より名幅の誉れ高い文正(ブンセイ)筆の画。刹那を切り取ったような迫力と研ぎ澄まされた美しさに圧倒される思いがします。

・阿弥陀如来立像
⇒銀閣寺を造営した、将軍足利義政の持仏とされる像。

・十六羅漢図
⇒非常にカラフルな色彩を用いた仏画。
奇想の画家・伊藤若冲は、相国寺であの色彩の饗宴ともいうべき「動植綵絵」などの傑作を生み出したわけですが、恐らく日常的に寺所蔵のこうした絵を目にしていたのでしょう。
若冲の画風が生まれたのは、このような文化的な下地があったからなのかと納得しました。

◆参考

鎌倉五山

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2007/08/18

くらやみ参り、特大ホットケーキ、「デュフィ展」(後編)

くらやみ参りを無事終え、覚園寺で朝粥を頂いているとすっかり朝に。夏の暑い一日の始まり。

覚園寺を後にまず向ったのは、鶴岡八幡宮。8月、境内の源氏池・平家池(あわせて源平池)は、蓮の花で一杯になります。
鎌倉時代、源氏池には源氏の旗色である白色の蓮を、平家池には平氏の旗色である赤色の蓮を植えたらしいのですが、800年の時を経た今となっては、もはや完全に溶け合って咲いています。

すっかり暑くなってきたので、どこか涼むところはないかと思いを巡らし、思いついたのが妙本寺。比企ヶ谷とよばれる谷戸の最奥に立つ本堂(祖師堂)は、周囲を山と樹木に囲まれとても涼しく、鎌倉時代、この地に幕府の有力な御家人・比企(ひき)氏の屋敷があった頃は、源頼朝・政子夫妻も涼をとりに訪れたと言われます。

巨大な本堂の庇(ひさし)の陰に入ると、涼しい風が吹きぬけ、聴こえる音といえば蝉の声ばかり。はじめは、座禅か瞑想でもしようと思っていたのが、いつのまにかゴロリ。夜通し歩いた疲れも手伝って、小一時間ほど朝寝をしました。

午前10時。心地よい妙本寺を後に向ったのが、小町通りにあるイワタ珈琲店。小町通りの最も鎌倉駅寄りにある老舗喫茶店で、ジョン・レノンとオノ・ヨーコも訪れたことがあるとのこと。店内は意外と広く、奥にはガーデンを眺めることができるテラス席もあります。 Iwata

このお店の名物は、特大ホットケーキ(800円)。焼くのに30分かかるこのホットケーキ、表面の茶色の部分はカリッと焼き上げ、中はスポンジのような食感。素朴でとても美味しい。

ホットケーキを頬張り、元気が出たところで次に向ったのが、鎌倉大谷記念美術館
このブログでも何度か紹介したことがあるこの美術館は、ホテルニューオオタニの前会長、故大谷米一氏のコレクションを中心に展示する美術館。現在は、「デュフィ展」を開催中。

ラウル・デュフィ(1877-1953)は、海、音楽、競馬等をテーマに、数多くの油彩、水彩画を制作し、のちに「色彩の魔術師」と称された画家。
この人の絵の中では、私は音楽をテーマにした絵が圧倒的に好きですね。絵を見ているとなんだか音楽が聞こえてくるような、とても楽しげな感覚がします。

「デュフィ展」は、8月25日(土)まで。日曜休館。

[デュフィ 黄色いコンソール 鎌倉大谷美術館 絵葉書より]
Dufy


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2007/08/17

くらやみ参り、特大ホットケーキ、「デュフィ展」(前編)

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先週の金曜日(8月10日)の夜、覚園寺の「くらやみ参り(黒地蔵縁日)」 に出掛けてきました。

「くらやみ参り」とは、読んで字のごとく、夜にお寺をお参りすること。
覚園寺は、普段は毎日数回、決められた時刻にお寺のお坊さんの案内にしたがって境内をお参りするという珍しい拝観スタイルをとっているお寺ですが、年に一日、境内の地蔵堂に祀られている秘仏・「黒地蔵」の縁日である8月10日の0時から正午の間だけは、境内を自由に歩いてお参りすることができます。

「黒地蔵」は、地獄で火攻めにされている亡者の苦しみを和らげようと地獄の番人に代わり火焚きを行い、そのために自らの身を焦がしたという伝説のお地蔵様。何度洗っても、翌日にはまた黒くなってしまうため「黒地蔵」と呼ばれるようになったのだそうです。
秘仏のため普段は拝観することができませんが、この「くらやみ参り」の夜だけ地蔵堂の扉が開かれます。

私は、ずっとこの「くらやみ参り」の夜に、覚園寺を訪れたかったのですが、毎年用事があるなどしてなかなか来れず、今年、ようやくお参りすることができました。

9日の午後11時過ぎ、覚園寺に到着(写真左)。境内は、ほんの少しの明かりがあるだけ。それでも、もう人が集まり始めていました。
今年は記録的な猛暑ですが、谷戸(やこ)の奥を吹く風は少しひんやりとしていて、とても心地よく感じます。
11時半を過ぎると人もだいぶ集まり、いよいよ0時の開門を待つばかり。

そして、0時。橙色の衣に身を包んだ10数人の僧侶が『般若心経』を読経しながら境内奥へと進み、集まった人々はそれに従い「黒地蔵」が祀られている地蔵堂→十三仏やぐら→本堂の薬師堂と境内を一周します。

境内に響く読経の声と蝉時雨。暗闇の中、薄明かりに浮かぶ美しい仏像の数々。。。真夏の夜のミステリーツアー。
普段の拝観ではそれ程ゆっくり見ることができない薬師堂の本尊・薬師如来像や、生前川端康成が愛してやまなかったという鞘阿弥陀(さやあみだ)も、心行くまでじっくり鑑賞します。

十分満足したので、覚園寺を後にして、次の目的地、杉本観音長谷観音のお参りのため、汗を拭いながら夜道をてくてく歩きます。
8月10日は、観音様にお参りすると、四万六千日間お参りしたのと同じ御利益を授かると言われている観音菩薩の縁日。杉本観音は覚園寺と同じく午前0時から、長谷観音は午前4時からお参りすることができます(これもやはり「くらやみ参り」)。

午前4時からの長谷観音のお参りが終わると、もう東の空が赤くなり始めていました(写真中)。
明け方、長谷から再び覚園寺まで歩き、境内で振舞われる朝粥を頂きました(朝粥は6時~ 写真右。500円)。

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2007/08/13

【発見!鎌倉にある面白いもの】その⑤ 秘蹟「田谷の洞窟」と蓮のお話

洞窟というと、江の島の洞窟(岩屋)が有名ですが、大船にも素晴らしい洞窟があります。定泉寺というお寺の境内にある「田谷の洞窟」です。

洞窟のある定泉寺までは、大船駅西口(観音側)より戸塚バスセンター行きバスに乗り、「洞窟・ラドン温泉前」で下車します。

Taya

お寺の受付でロウソクを受取り、洞窟の入口(写真)へと向います。
古墳時代の横穴住居跡を鎌倉時代に修行僧たちが広げていったというこの洞窟は、江戸時代に至るまで適宜拡張され、上下三段、延長1キロという壮大な規模の地下伽藍となっています。

洞窟に一歩足を踏み入れると、まずひんやりとした冷気に触れます。洞窟内は所々に電球が吊るされており暗闇という訳ではなく、ロウソクにはむしろ仏様に捧げるお灯明の意味があるようです。ロウソクの火を消さないようにゆっくりと進みます。

天井は、場所によってはとても低く頭を下げながら歩かなくてはなりません。また岩肌にはところどころ水が染み出ています。

「行者道」と書かれた道標に従って進むと、ときどき広い部屋のような空間に出ます。本尊の一願弘法大師がひときわ大きな部屋に祀られている他、各部屋には多くの彫刻が岩盤に彫り込まれています。秩父三十四観音・西国三十三観音・坂東の各札所、四国八十八カ所霊場などの仏様のレリーフが彫られた部屋を次々に通過します。洞窟内を一周すれば総て巡ったのと同じ功徳が得られるということでしょうか。

洞窟の最後の方、金剛水がしたたり落ちる水辺に奥の院があり、さらにその奥には音無川が流れています。このあたりはあたかも映画「オペラ座の怪人」の怪人ファントムが潜む地下迷宮のような雰囲気がありました。

洞窟内のある部屋に次のような素敵な言葉が彫られていましたので紹介したいと思います。


蓮はきたない泥沼に咲く
だけど汚れに染まらないで
美しい花びらを咲かせている
そんな美しい仏性を
みんながもっている
それを信じあおう
それをたがいにみつけあおう


蓮の花は、8月の鎌倉で、あちこちのお寺や神社の境内で見ることができます。
下の写真は、左から覚園寺境内の蓮、鶴岡八幡宮平家池の蓮、材木座の光明寺の蓮です。

Kakuonji
Genji
Komyoji

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2007/08/12

【発見!鎌倉にある面白いもの】その④ これは一体何でしょう?

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クイズのようですが、上の3枚の写真は、一体なんでしょう?

まず左の写真、何か分かります? なんだか東南アジアかインドの寺院の建物のようですが・・・。

こちらは日蓮の法難で有名な龍口寺の仏舎利塔です。昭和45年(1971)竣工。
仏舎利というのはお釈迦さまの骨のことで、骨を納めておくのが仏舎利塔です。龍口寺の仏舎利塔は本堂の裏手の山上に建っており、ここから江ノ島方面の眺めはとてもいいですよ。

次は真ん中の写真。どこかのお城の門のようですよね。
実は、鎌倉市立御成小学校の校門です。いかにも古都鎌倉らしい演出ですね。

さて、最後の右の写真。まるで電車が家につっこんでいるように見えますが。。。
こちらは、先ほどの龍口寺(りゅうこうじ)門前の和菓子屋「江ノ電もなか本舗 扇屋」さんの店先に展示された江ノ電。
平成2年3月に現役を引退した車両の前面部を江ノ島電鉄より譲り受けて展示しています。電車を丸ごと一両頂けるとのことだったらしいのですが、さすがに一両丸ごとを置いておくスペースはないので、全面部のみをカットしてお店の建物にはめ込んだのだそうです。

江ノ電もなか本舗 扇屋
江ノ電「江ノ島」駅下車、徒歩約2分。

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2007/08/06

【発見!鎌倉にある面白いもの】その③ 鎌倉の洋館

鎌倉というとお寺と神社、ビーチにハイキングコースと観光地のイメージが大きいですが、もちろんそこに住む人たちの生活の場でもあります。
特に明治・大正期は、海沿いの風光明媚な土地として移り住む人が増え、多くの別荘が建てられました。

この時期に建てられた洋館のいくつかは、今でも残っています。代表的なものをご紹介しましょう。

Kacyo Bungaku Koga


①旧華頂宮邸(写真左)
報国寺山門前の道を奥に進んだ谷に建つ旧華頂宮邸。昭和4年、華頂博信(ひろのぶ)侯爵邸として建設。

鎌倉文学館(写真中)
現在、文学館となっている建物は、旧加賀藩主前田侯爵家の鎌倉別邸として建てられた。現在の建物は、昭和11年に洋館に全面改築されたもの。

③古我邸(写真右)
鎌倉駅西口を降りた扇ヶ谷1丁目に建つ洋館。本当に「洋館」らしい洋館。
こちらは現在も個人所有。大正5年建築。

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2007/08/03

拙ブログを日経BP netで紹介いただきました

拙ブログ『時雨日記』を日経BP netの「大人のブログ探訪」のコーナーで紹介いただきました。
ありがとうございますm_ _m

大人のブログ探訪

今後とも、一層の内容充実につとめますので、よろしくお願いします。

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【発見!鎌倉にある面白いもの】その② 切通し

源頼朝が政治の拠点を鎌倉に置いたのは、攻める堅く、守るに易いその地形にあったといわれています。海の広がる南以外、三方を山で囲まれた鎌倉は、騎馬戦術が主流だった当時、天然の城塞都市だったわけです。

とはいえ、都である以上、外界との往来のための道が必要なわけで、「切通し」と呼ばれる山を切り崩して作った通路が7ヶ所造られました。化粧坂(けわいざか)、亀ヶ谷坂、巨福呂坂(こぶくろざか)、朝比奈、名越、極楽寺坂、大仏坂の切通しがそれにあたります。

中でも、朝比奈切通し、名越の切通しは当時の古道の面影がよく残っていて、歩いてみるととても面白いですよ。
道の真ん中にわざと大きな岩を置いて、騎馬武者が通りづらくしていたりとか。。

鎌倉には外界と市内を結ぶ7つの切通しの他、市内の町と町を結ぶ切通しもあり、釈迦堂切通しが有名です。

写真は、左から朝比奈切通し、名越の切通し、釈迦堂切通しです。

Pkiridosimichi1 Pnagoe3 Psyakado

※釈迦堂切通しは、現在、浄妙寺側からのアプローチの途中に「ガケ崩れのため通行禁止」の立て看板が出ておりますので、ご注意ください。

[参考]
朝比奈切通し

名越切通し

釈迦堂切通し

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2007/08/01

8月の鎌倉 おすすめ散策コース

8月の鎌倉は、面白い行事が目白押し。

ぼんぼり祭(於:鶴岡八幡宮 8月7日~9日)

■鎌倉花火大会(於:由比ヶ浜海岸 8月10日)

黒地蔵縁日(於:覚園寺 8月10日)

など。

Bonbori_2


特に私が好きなのが、「ぼんぼり祭」。鎌倉在住または鎌倉に馴染みの深い著名人の直筆の書や絵を描いた雪洞(ぼんぼり)を鶴岡八幡宮の境内にずらっと並べます(写真)。
昼間は、個性的な雪洞をひとつひとつ眺めて歩くのがとても楽しいですし、夜になれば灯を燈すので、幻想的な美しさを楽しむことができます。

[参考URL]
鎌倉の8月の行事

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