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2005/12/30

1月の鎌倉 おすすめ散策コース

1月のおすすめ散策コースといえば、七福神めぐり(鎌倉・江の島七福神めぐり)ですが、あまりにも定番すぎるので、この季節ならではの別なコースを考えてみました。

鎌倉の富士山めぐりコース、というのはどうでしょう。富士山は縁起物ですし、大気の澄み切った冬ならではの雄姿を見ることができます。

鎌倉の富士山を見ることができるスポットはたくさんありますが、おすすめの一番目は材木座の光明寺裏山からの展望。
巨大な山門の向こうに広がる海と富士山。できることなら朝日が昇る時間に行くことが出来れば最高です。

Fuji1


光明寺裏山への行き方

光明寺からちょっと足を延ばして、材木座の海岸にでると、そこにあるのが我が国初の人工港の遺跡である和賀江島(わがえじま)。
引き潮になると、沖合に船を停泊させるために石積みされた、人口島の遺跡が、ひょっこり波間に顔を出します。
和賀江島、江の島、稲村ヶ崎、富士山が一直線に並んで見える、贅沢なビューポイントです。

Fuji2


和賀江島から江の島に向かって、海岸を散歩しましょう。
由比ヶ浜、稲村ヶ崎、七里ヶ浜と鎌倉の海岸線の名前は変化していきます。
特に稲村ヶ崎、七里ヶ浜から見る夕日の時刻の富士山は格別です。

Fuji3

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信長の棺

『信長の棺』読んでみました。小泉首相の愛読書と朝日新聞で報道され、一躍ベストセラーになった本です。

著者の加藤廣氏は、長らく金融マン・コンサルタントとして活躍された方で、70歳を過ぎて出された本作が小説家としての処女作ということでも話題になりました。

太田牛一という織田信長、豊臣秀吉に仕えた伝記作者が主人公。内容は、著者の加藤氏も「純にして興」な小説を目指す(文芸春秋 2006年1月号)といっておられるように、牛一の目を通して戦国の世を描くという歴史小説の側面と、信長の信奉者である牛一が、本能寺の変の後行方不明となった信長の遺骸を追いながら、謎解きをしていくというミステリー小説の側面を併せ持つ作品ということができます。

世の中にチンケなミステリー小説が横溢する中、『信長の棺』は構想から約20年を経て完成したというだけあり、非常によく筋が練られていて、堂々本格ミステリーという感じです。

『信長の棺』は著者ご本人も「まさかこんなに売れるとは」と思っていたとのことですから、「小泉発言」がラッキーに作用したという面もあったとは思いますが、読めば確かに良く出来ていると思います。
秀吉を主人公とした次作も執筆中とのこと、楽しみですね。

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2005/12/29

鎌倉紀行 プチ・リニューアル

鎌倉紀行をリニューアルしました。
といってもちょっと手を入れた程度のプチ・リニューアルです。

コンテンツの整理をして、少しは見易くなったかなと思います。それとページのバックの色が明るいグリーンだと目がチカチカするという意見が以前からあったので、グレー(シルバー)にしてみました。

やはり見易さが第一ですからね。

ご意見お待ちしてます。

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2005/12/25

義経

先ほど、NHKで大河ドラマ『義経』の総集編をやっていたのでみちゃいました。本編は一度も見なかったんですけど・・・。

最初は役者の演技が下手だなあ(特に殺陣。セリフもダメ)、などと思いながら見ていたのですが、総集編第3回(最終回)のため、見せ場が多く、壇ノ浦、腰越状、静の舞、安宅関、そして弁慶の立ち往生と、1時間半の間に怒涛のごとく涙を誘う場面がやってくるので、鼻水が止まらなかったです(笑)。

細かいことを言えばいろいろありますが、お芝居としてみれば、義経のヒーロー伝説、なかなか面白いですね。

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鎌倉の石仏たち その4

今日ご紹介する「鼻欠地蔵(はなかけじぞう)」は、横浜市金沢区の大道中学校付近の岩肌に彫られた巨大磨崖仏。
高さ3~4メートルほどはあるこのお地蔵様、江戸時代に出版された『江戸名所図会(えどめいしょずえ)』の挿絵にはやさしそうな表情が描かれていますが、残念ながら風化が激しく、もはや輪郭ぐらいしかわからない状態となっています(その当時から鼻が欠けていたので鼻欠地蔵と呼ばれたようです)。

この磨崖仏の前を通る道は、鎌倉と金沢の六浦の港を結ぶ六浦道と呼ばれる中世からの大切な道。いつ頃誰が彫ったのかは定かでないとのことですが、往来する人々の旅の安全を祈願して交通の要所に彫られたのでしょう。


pmagaibutu

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2005/12/24

鎌倉の石仏たち その3

江ノ電の和田塚駅からほど近い、由比ヶ浜大通と鎌倉駅西口に通じる道が交わる角に赤い頭巾を被った6体の地蔵が祀られており、「六地蔵」と呼ばれています。そのかたわらには「飢渇(けかち)畠」と書かれた碑が立っています。飢渇とは、飢え渇く、つまり利用価値のない嫌われた場所を言い、鎌倉時代、どうやらこの周辺は処刑場だったようで、おそらく死体などはきちんと埋葬されず放置されていたのかも知れません。そこで後に土地の人が死者の霊を慰めるために祀ったの六地蔵だということですが、いつの時代からこの場所にあるのかは分かりません

ちなみに、現在、建長寺の建つ谷は地獄谷と呼ばれるやはり処刑場で、地蔵菩薩を本尊とする心平寺という寺が建っていました(建長寺の本尊も禅宗寺院の本尊として一般的な釈迦如来ではなく地蔵菩薩)。鎌倉には全国から罪人が送られてきたのでこういう場所が多いのでしょうね。


rokujizou

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2005/12/18

鎌倉の石仏たち その2

鎌倉の石仏たち その2は、天園ハイキングコースの瑞泉寺裏手の山中に鎮座する貝吹地蔵。

1333(元弘3)年、新田義貞率いる倒幕軍が鎌倉に攻め入り、鎌倉幕府は滅亡します。十四代執権北条高時ら一族郎党は東勝寺に立てこもり、寺に火を放ち、自刃して最期を遂げました。この時、自害した高時の首を守りながら敗走する北条の残党を助けるため、法螺貝を吹きながら山の中に導いたという伝説が、貝吹地蔵の名前の由来になっています。

お地蔵さんが貝を吹いたというのは当然作り話ですが、没落したとはいえ、まだまだ幕府に忠誠を誓う者がいて、敗残兵を山に誘導して、どこかに逃がそうとしたのが伝説となったのでしょう。

お地蔵さんは、ちょっと険しい山道の途中にちょこんと座っています。

kaibuki

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2005/12/17

鎌倉の石仏たち その1

鎌倉の石仏たちシリーズ。普通の仏様とはちょっとちがう、鎌倉のユーモラスな石仏をご紹介します。
第1回は、浄智寺の布袋さま。

布袋和尚はご存知の通り七福神の一人。とてもユーモラスなお顔をした浄智寺の布袋さまは、「鎌倉・江の島七福神」の一人に数えられており、正月には非常に多くの方が参拝します。

この布袋さま、下の写真を見て頂くと分かりますが、腹黒い?のが特徴。お腹をさするとご利益があるとされ、参拝者が皆触っていくので、お腹が黒くなってしまったのだそうです。
また、布袋さんといえば堪忍袋という大きな袋を背負っている姿が有名ですが、浄智寺の像は袋を持っていないのも特徴です。

hotei

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2005/12/14

海外の友人たち

私の大学時代の友人で、アメリカの大学院進学を目指している(目下カリフォルニア在住) ”むーとん” のブログがリニューアルオープンしたようです。(受験期間中だったため、しばらく更新が止まってたんだよね)

http://www.moomin.homeip.net/mt/

どういうわけか私の周りは、海外に行く奴が多いです。イタリアの大学院の博士課程在学中のS、N産自動車のメキシコ工場勤務中のNなど・・・。まあ、先日もイタリアのSが久しぶりに日本に帰ってきて、うちのマンションに転がり込んで、思い出話や土産話に花を咲かせたりしましたが・・・。概して、留学組は、経済的に苦しいようです(ガンバレ!)。

私も海外への憧れはあるんですが、海外旅行に行くと、毎回「日本もすてたもんじゃないな」とか思っちゃうんですよね(これじゃとても海外生活はダメか・・・)。

将来大きな花を咲かせるために、今の苦しさをバネにしてがんばって欲しいと思ってます(とかいって。けっこう楽しんでいるようだが・・・・・・・)。

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2005/12/11

覚園寺の紅葉

昨日、覚園寺に出掛け紅葉を見てきました。
私は鎌倉案内を頼まれると、必ず覚園寺にご案内します。こちらのお寺はこのブログでも何回か取り上げていますが、お坊さんが一時間ほどかけて、境内を案内してくれます。

紅葉はやや盛りは過ぎていたものの、モミジはまだ色が残っており、イチョウの黄金の絨毯も見事でした。
特に薬師堂(本堂)とモミジのコントラストは、これぞ日本の美という感じでしたね。

今回のお坊さんのお話で特に印象に残ったのは、境内のメタセコイアの話(お坊さんのお話は毎回少しづつ違います)。
メタセコイアというのは別名曙杉という杉の一種で、針葉樹なのに紅葉するんですね。午前中の陽光に照らされて日の当たる側が輝き、逆側が影になってコントラストをつくりながら空に向かって屹立する姿は、本当に美しいそうです。
私が訪れたのは午後3時だったので残念ながら見ることができませんでしたが、ぜひ皆さんは、午前中に行ってみてください。

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2005/12/06

12月の鎌倉 おすすめ散策コース

12月のおすすめ散策コースはというと・・・。
鎌倉は木々が色付くのが遅いので、12月に入っても場所によっては紅葉もまだ見ることができますが、いい加減紅葉も見飽きたし、花も少ないのがこの時期・・・。

そこでおすすめしたいのが、海岸線の散歩やドライブ。
えっ、夏でもないのに海に出掛けるの?といわれそうですが、夏場は、海水浴客で賑わう鎌倉の海岸も、冬の朝などはとても静か。
夏の疲れを癒すために眠るような、穏やかに凪いだ海辺を散策するというのもとてもよいものです。

夕暮れの時刻には、江ノ島方面に沈む夕日を背に、逆光に浮かび上がる富士山を見ることができますし、彼方に浮かぶ伊豆大島も見えたりします。

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Oosima_2


そして、日没後は、毎年年末恒例の江ノ島灯台のライトアップイベント
こちらも見逃せないですね。

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2005/12/04

番場ヶ谷 鎌倉秘境探検記

昨日は、鎌倉の秘境といわれる番場ヶ谷を探検してきました。
東京からそう遠くない鎌倉で「秘境」などというと大げさにきこえるかもしれませんが、滑川(なめりかわ)の支流である吉沢川の源流を探るように山道に踏み入っていくと、まさにそこには別世界がありました。
*以下道を書きますが、途中大変歩きづらい道もありますので、山道に自信の無い方は、無理をしないように!

鎌倉駅の5番バス乗り場から鎌倉霊園・太刀洗い方面へのバスに乗り、「十二所神社(じゅうにそうじんじゃ)」バス停で下車。
鎌倉でもここ十二所の地は、本当にまだまだ田舎で長閑な雰囲気が漂っています。

ここに鶴岡八幡宮前の蕎麦処「峰本」の朝比奈支店があるのですが、鎌倉駅側からみて、お店の手前の道を小さな川に沿うようにして山道に入って行きます。

御坊橋という小さな橋を渡り、しばらく住宅地の中を歩きます。途中左手に「瑞泉寺・天園」と書かれたハイキングコースの入口を示す道標が立っていますが、こちらへは進まず、真っ直ぐ住宅地の一番奥まで進みます。

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ちょっとわかりづらいですが、住宅地の奥から沢伝いに未舗装の道がありますので、ここを入っていきます。
所々ぬかるんでいたりもするので十分気をつけて。
途中、もうこれ以上進むのは無理かという場所もあったりしますが、沢伝いにずっと道がついています。
人から聞いた噂だと、番場ヶ谷の紅葉は見事とのことでしたが、今年は色付きが悪いのか、ところどころ黄色に染まっている程度で、こちらのほうは残念。

20分ほど歩いたでしょうか。道が左手の登り道と、丸木の橋を渡って対岸へ進む道に分かれる場所に来ました。
私はまず左手の登り道を登ってみましたが、これは送電線の鉄塔の整備用の道。山の上で道は終わっていました(でも、景色は素晴らしい。すごい山奥に居るみたいです)。

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先ほどの分岐点まで下りて来ると、何やら下のほうで人の話し声が・・・。
こんなところに来る人が他にいるのかと思いましたが、大勢の人がいるのでびっくり。
なんでも大学のウォーキングサークルのOBで、時々鎌倉の山歩きをしているのだそうです。

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ここから、しばらく団体さんに入れてもらっておしゃべりしながら山歩きを楽しみました(もう、こうなると秘境探検の雰囲気ではありません)。
しばらく行くと、「お塔やぐら」という大きなやぐら(鎌倉地方の昔の横穴式墳墓)があり、その先の貝吹地蔵のあたりで、天園ハイキングコースと合流。あとは獅子舞の紅葉を楽しんで帰途につきました。

★鎌倉のハイキングコース イラストマップ

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2005/12/03

鎌倉紅葉Now!

今日は鎌倉の現在の紅葉の様子をレポートします。

海が近く、暖かめな気候も鎌倉は、他の行楽地に比べて紅葉が遅め。
12月に入った今頃が、紅葉の見頃になっています。

今日は鎌倉北部の山をハイキングしながら、紅葉を楽しんできました。

写真は、上から、①番場ヶ谷のモミジ、②天園付近から見下ろした黄色く色づいた獅子舞の谷のイチョウ、③獅子舞の谷、④獅子舞の谷で上を見上げると・・・ です。

番場ヶ谷の秘境探検の様子は、また別にレポートしたいと思います。

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★鎌倉のハイキングコース イラストマップ

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