« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »

2005/07/31

隠れ里の稲荷 佐助稲荷神社

今日ご紹介する佐助稲荷神社は、「明るい観光地・鎌倉」ではなく、鎌倉の影の部分を代表するような、妖しい魅力にあふれた神社です。

人の住む集落から、そう遠くない場所に神や妖精、異形の民が住む「隠れ里」がある、という伝説は日本各地にあるようです。
「隠れ里」に住む人々というのは、平家の落ち武者の子孫であったり、世を捨てて隠遁する世捨て人であったり様々でしょうが、いずれにしろ、社会の光のあたる部分に出てくることを嫌う人々だったのだろうと思います。

鎌倉にも、隠れ里が登場する伝説があり、その場所というのが佐助稲荷です。

こんな伝説があります。
---
伊豆で流人(るにん)生活をおくっていた源頼朝の夢に、ある晩、神霊と思われる老人が現れ、“わしは隠れ里の稲荷なり。平家討伐の兵を挙げよ。必ず加護しよう”と言って消えました。
その言葉を信じて出兵した頼朝は、やがて壇ノ浦で平氏を滅亡に追いやり、建久3(1192)年、征夷大将軍に昇り、鎌倉幕府を開きます。
後に、頼朝が小さな祠があるのを見つけ、これが夢に出てきた老人の隠れ里か、といってお社を建てたのが、現在の佐助稲荷だと言われます。
頼朝は「兵衛佐(ひょうえのすけ)」という官位から「佐殿(すけどの)」と呼ばれていたので、「佐殿」を助けた稲荷ということで「佐助稲荷」となりました。
現在でも、頼朝を出世させた出世稲荷として多くの人に親しまれています。
---

また、長谷の御霊神社では、毎年9月18日に「面掛行列(めんかけぎょうれつ)」(別名「はらみっと行列」)も、隠れ里と関係のある祭り。
「面掛行列」は、異形の面をつけた人々が町を練り歩くという奇祭で、その行列の最後尾には、おかめの面をつけた妊婦と産婆がついて歩きます。
伝説によれば、頼朝が「隠れ里」の娘を懐妊させてしまったため、口封じのために、年一回村人の無礼講を許したことが、この祭りの起源だと言われ、行列の妊婦は、頼朝が懐妊させた隠れ里の娘だそうです。

Menkake


こういった隠れ里の住人というのは、特殊な技能を持った渡来人であったり、敵方の様々な情報を持つ者だったのかもしれません。
頼朝は、彼らの技術や情報力を積極的に使おうとして接近し、里の人々と親しくなり、通ううちに、おもわず村娘に手をつけてしまい懐妊させてしまった、という感じでしょうか。

佐助稲荷へは、鎌倉駅の西口から、徒歩15分ほど。

参道に朱色の鳥居が林立するところなどは、京都の伏見稲荷大社などと同じですが、佐助稲荷は「隠れ里」だけあって、より妖しい雰囲気に包まれています。

Psasukeinari1

とくに、境内に数多(あまた)まつられている小さな石の祠や、いまにも動き出しそうな石の狐など、まるで異界へとやってきたようです。

Psasukeinari3

Psasukeinari5


佐助稲荷のそばには、鎌倉の人気観光名所、銭洗弁天もあります。
銭洗弁天にも、隠れ里の伝説が残っており、佐助稲荷と銭洗弁天は、もともとは同じ神を祀る同系の神社だったのではないかと思います。
距離も近いですしね。
ですので、片参りにならないよう、両方お参りして帰りましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/29

鎌倉の花 小事典

またまた、素敵な本をみつけてしまったのでご紹介します。
『鎌倉の花 小事典』(かまくら春秋社)という本です。
鎌倉には、文化財、史跡、ハイキングコース、海、おしゃれなお店などいろいろ見所がありますが、お寺のお庭に咲く、四季の花が目当てで鎌倉を訪れるという方も多いかと思います。

たいていのガイドブックに、いつの季節にどこのお寺で何の花が咲くという「花暦」のコーナーがありますが、まるごと一冊鎌倉の花という本は、なかなかないかも知れないですね。さすが、地元のかまくら春秋社です。

味わい深いエッセイも掲載され、読み物としてもなかなか良い本です。

鎌倉の花小事典

Phanajiten

★管理人おすすめ!鎌倉 観光ガイドブック 鎌倉好きの人におすすめしたい本

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/26

五木寛之の百寺巡礼

今日は、私の好きな本のお話です。
「五木寛之の百寺巡礼」というシリーズをご存知の方も多いかと思います。

Hyakuji


作家の五木寛之さんが2年間に全国の百ヶ寺を訪ねるという企画で、テレビ番組が放映された後、それに続いて本が刊行されるというシリーズです。
テレビの放映は終了しましたが、番組DVDも発売されており、私は全巻集めています(本は、現在9巻まで刊行)。

あるとき、番組の中で五木さんが「この百寺巡礼の旅は、まさに今やらなければならない旅なのだ」というようなことを仰っていました。

お寺というのは、日本の文化・伝統や日本人の心というようなものを集約した存在であり、何百年という永い時代の風雪に耐え、今そこに存在し続けているという、文化や伝統の力強さを象徴する面もあります。
他方、同じお寺を訪ねても、「あれ、以前来た時はこんなじゃなかったのに」と思うようなこともあり、刻々と変化する時代の中にあって、寺も変化を余儀なくされているのだなと感じることもあります。
それは文化や伝統も、常に同じではありえないということを意味しています(時代の変化に応じて、自分自身も変化していくというのも、ある意味強さなのかもしれませんが・・・)。

急激に変化する今の時代に生きる者として、今この瞬間の寺の姿を映像や文章に残しておかなければならないという意味で、五木さんは、「この百寺巡礼の旅は、まさに今やらなければならない」と仰ったのだと思います。

そういう意味では、私もホームページを通じて、鎌倉の自然や文化を記録できればな、なんて思いますね。

ちなみに、「五木寛之の百寺巡礼」シリーズ中、鎌倉のお寺は、建長寺、円覚寺、高徳院(鎌倉大仏)が紹介されています。

★管理人おすすめ!鎌倉 観光ガイドブック 鎌倉好きの人におすすめしたい本

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/23

称名寺(横浜市金沢区)

今日は、鎌倉のお隣、横浜市金沢区にあるお寺・称名寺をご紹介したいと思います。
鎌倉市内にも称名寺(今泉不動)というお寺がありますが、まったく別のお寺になります。

横浜の称名寺は、浄土式庭園が有名なお寺。
まずは、写真をご覧いただきましょう。

P1010125


大きな阿字池にかかる朱塗りの橋とその向こうに建つ金堂、釈迦堂、鐘楼・・・。
まさに浄土を思わせる美しさです。

それも、そのはず。このような浄土式庭園というのは、浄土、すなわち、あの世をイメージして造られたものなのです。

平安時代中期以降、釈迦入滅後2000年が経つと仏教思想が廃れ、世は混迷の時代になるという、いわゆる「末法思想」が流行し、その中で、このような浄土式庭園が数多く造られました。
代表的な例を挙げると、岩手県平泉の毛越寺(もうつうじ)や、京都府宇治市の平等院の庭などがあります。

平等院は、この世の春を謳歌した平安貴族・藤原道長の嫡子・頼道(よりみち)が、宇治の別邸を改装したもの。

この世で最高の人生を送ったので、死んだ後、どのような場所に生まれ変わるのか、それが心配で仕方なかったのでしょうね。
巨額の費用を投じてこの世に”浄土”の様子を再現して、それを毎日見ながら、死んだ後はこのような素晴らしい場所に行けますように! とイメージトレーニングに励んだのでしょう。

称名寺のお庭は、数多く造られた浄土式庭園の、その最後期のもので、鎌倉幕府の執権の一族、北条実時とその子・顕時、孫の貞顕の時代に造られました。
ちなみに現在見ることができる庭園は、昭和53年以降の発掘調査を元に、昭和62年に復元・整備されたものになります。

称名寺の庭は、復元したものとはいえ、池の真ん中に浮かべた中島へと架かる朱色の反橋と平橋を実際に歩いて渡ることが出来るなど、私たちも当時の人がイメージした”浄土”を体感できる素晴らしいお庭。
秋口には、曼珠沙華(彼岸花)も咲き、その美しさはひとしおです。

ちなみに、夕もやの中、称名寺の森から聞こえてくる鐘の音「称名の晩鐘」は金沢八景のひとつ。
今風に言えば、「音風景」ですね。

称名寺へは、京浜急行の金沢文庫駅が最寄駅となります。
鎌倉からですと、朝比奈ハイキングコースを歩いた後、バスと電車を乗り継いで称名寺へ行くと、一日楽しむことが出来るので、おすすめしています。

また、休日は、称名寺の入口のところには、無料で境内を案内してくださるボランティアガイドの方が待機しているので、ガイドをお願いすると良いと思います。

★鎌倉のハイキングコース イラストマップ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/19

真夏の花 凌霄花(ノウゼンカズラ)

皆さんは、夏の花というと何を思い浮かべますか。
蓮や百日紅(サルスベリ)、芙蓉など、それぞれお好きな花があるでしょう。

私は、凌霄花(ノウゼンカズラ)が大好きです。真夏に咲く、あのオレンジ色の花です。

凌霄花の花言葉は、
「栄光」「名声」「名誉」「光栄」「華のある人生」「豊富な愛情」「名誉な女性」「愛らしい」「女性らしい」
だそうです。
なかなか、良い言葉がそろっていますね。

この花は、民家の軒先などに咲いているのもよく見かけますが、やはりお寺の境内に咲いている花は、美しさもひとしお。
鎌倉のお寺ですと、海蔵寺と妙本寺などに咲いていますね。

まずは、海蔵寺に行ってみましょう。
このお寺は、谷戸の奥に、ひっそりとたたずむ、花と水の寺。
和尚さんが、お庭の草花を丹念に手入れされていて、いつきても花が咲いている、気持ちの良いお寺です。
凌霄花は、朱色の和傘が置かれているあたりに咲いていますので、写真を撮るには最高ですね。

Kaizouji


妙本寺は、鎌倉駅からさほど遠くない場所にある大きなお寺ですが、とてものどかな雰囲気。
暑い中、近所の人たちや観光客が、お寺の庇(ひさし)をかりて、涼んでいます。
そこに、さりげなく咲いている凌霄花。
心を和ませてくれますね。

Myouhonji

★鎌倉の観光情報を探すなら 鎌倉観光名所検索

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/07/17

鶴岡八幡宮の蓮

今日は、鶴岡八幡宮の源平池の蓮を見てきましたが、いくつか花を咲かせているのもありましたが、未だ多くは蕾でした。

八幡様の境内を入ると、右手に源氏池、左手に平家池があります。

源頼朝が、鎌倉の町を整備しはじめた頃は、まだ源氏と平家が争っていた時代。
そこで、奥さんの政子さんが、東の源氏池には3つの島を築いて三を産になぞらえて源氏の繁栄を祈るとともに、西の平家池には4つの島を浮かべ、四は死に通じると平家滅亡を祈願したというのは有名な話です。
その際、源氏池には、源氏の旗の色である白い蓮を、平家池には、平家の旗の色である赤い蓮をそれぞれ植えたのだそうです。
しかし、その後800年も経つ間にそれぞれの池の蓮は混ざり合ってしまい、今では源氏池にも赤い蓮があったりします。

Hasu


鎌倉で、ほかに蓮が見られる所といえば、

鎌倉駅近くの本覚寺の蓮(鉢植えですが)
材木座の光明寺の、有名な古代蓮

などですね。

また、蓮といえば、こんな素晴らしい詩がありますので、ご紹介したいと思います。
横浜の定泉寺境内にある田谷の洞窟の壁面に書かれているものです。

蓮はきたない泥沼に咲く
だけど汚れに染まらないで
美しい花びらを咲かせている
そんな美しい仏性を
みんながもっている
それを信じあおう
それを互いにみつけあおう

★鎌倉の観光情報を探すなら 鎌倉観光名所検索

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/16

鎌倉の歴史について

毎年、この時期になると、鎌倉紀行には必ずこんな質問がきます。
「夏休みの宿題なんですけど。鎌倉の歴史を知るには、どんな本読んだらいいですかね?」とか「鎌倉の史跡のレポートつくるんですけど、写真パクっていいですか?」(オイオイ。。。)とか・・・。
要するに夏休みの宿題がらみですね。

そこで、今日は、鎌倉の歴史関係の本をご紹介します。

鎌倉幕府の成立から、実朝暗殺(源氏の滅亡)・承久の乱(北条執権政治の確立)あたりまでを分かり易く書いた良書が、『マンガ日本の古典14 吾妻鏡 上・中・下』(竹宮恵子著 中公文庫)です。
「吾妻鏡」というのは、いわば鎌倉幕府編纂の公式歴史書です。
「平家物語」の時代(平安時代後期)と「太平記」の時代(鎌倉時代後期から室町時代初期)への架け橋ともいうべき非常に重要な文書ですが、なにぶん原典は読みづらい・・・。
これをマンガで、分かり易く、しかも幕府御家人たちの動静まできめ細かく書いたのが、竹宮さんの「吾妻鏡」です。
本書は、平成9年度の文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞している力作です。

北条執権時代の本では、『時頼と時宗』(奥富敬之著 NHK出版)がおすすめ。
北条氏による政治基盤を確立した五代執権・北条時頼と二度にわたる元寇(蒙古襲来)を退けた八代執権・北条時宗という有名な二人の執権に焦点を当て、北条得宗政治の確立期から蒙古襲来の動乱期の鎌倉幕府を平易に描いています。
また、永井路子さんの小説『炎環』(文春文庫)なども、北条一族を知るにはよいかも知れません。

そして、鎌倉幕府滅亡期。この時代を記した有名な本は、なんといっても「太平記」。
私は、吉川英治さんの『私本太平記』(講談社 吉川英治歴史時代文庫)が好きですが、なにぶん文庫本で全8巻と長編です。時間のない方、活字の嫌いな方におすすめなのが、コミックの『太平記』(さいとう・たかを著 リイド社)。

もっと詳しく鎌倉の歴史を調べたいという方は、『鎌倉歴史散歩』(奥富敬之著 新人物往来社)などもあります。

★管理人おすすめ!鎌倉 観光ガイドブック 鎌倉好きの人におすすめしたい本

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/07/14

鎌倉知られざる観光名所 その5 釈迦堂切通し

鎌倉知られざる観光名所 その5は、釈迦堂切通しです。
「鎌倉知られざる観光名所」シリーズは、一応今日で最後にしたいと思います。

ヨーロッパには、城塞都市というのがありますね。
街を城壁で囲んで、敵の攻撃を防ごうと言うものです。
日本では、本格的な城塞都市は出現することはありませんでしたが、これに似ているのが鎌倉であると言われています。
すなわち、北・東・西の三方を山で囲まれ、南は海に面している。。。
これは確かに騎馬戦術が主流だった中世においては、かなり強固な守りだったといえるでしょう。

この城塞都市鎌倉にも当然、外と行き来する出入り口があり、街道につながっています。
それが、いわゆる「鎌倉七切通し」とか「鎌倉七口」とか言われるものです。
山を人工的に削って、細い道(切通し)を作って、いざ敵が攻めてきたときは、ここに守りの兵隊を固めて、敵の侵入を防ぐと言うものです。

ちなみに「鎌倉7切通し」とは、朝比奈(あさひな)、化粧坂(けわいざか)、極楽寺坂(ごくらくじざか)、亀ヶ谷坂(かめがやつざか)、大仏坂(だいぶつざか)、巨福呂坂(こぶくろざか)、名越(なごえ)の7つを指します。

あれ、じゃあ釈迦堂切通しは?と思われるかもしれません。
実は、釈迦堂切通しは、鎌倉と外界を結ぶ切通しではなくて、鎌倉の中の地区と地区を結ぶ切通しなんですね。
具体的には、鎌倉北部の浄明寺地区と、その南側の大町地区を結ぶ、生活通路のようになっています。

Psyakado


Psyakado2


上が、浄明寺側からの景観、下が大町側からの景観です。

鎌倉の切通しの中では、釈迦堂切通しはその高さといい、一番迫力があると思います。
よくこんなトンネルをつくったものだと感心します。

釈迦堂切通しは、その景観の素晴らしさから、鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』など、映画にも、たびたび登場しています。

そういえば、以前、「鎌倉紀行」の読者の方から釈迦堂切通しに関して、こんな情報をいただきました。

「はじめまして。鎌倉在住の者です。鎌倉にあるハイキングコースをよく歩いています。質問なのですが、衣張山(きぬばりやま)のハイキングコースと祇園山ハイキングコースは、昔はつながっていたのでしょうか?
私の祖母のもっている古い鎌倉の地図には、たしかに釈迦堂の上を通るハイキングコースが書かれていました。しかし、今は、見当たりません。どうしてかわかりませんか?教えてください。お願いします。」

これについては、前にこのブログでも紹介したことがある作家の永井路子さんの著書『私のかまくら道』(かまくら春秋社刊)の109ページに、

--道はさらにすすめば釈迦堂口まで通じるらしいが、(祇園山ハイキングコースが)整備してあるのは東勝寺橋への降り口までで、まずそこで降りたほうが無難である。--

との記述があるので、私も以前、その道を探したことがあります。
しかし、残念ながらわかりませんでした。
この本の記事が雑誌「かまくら春秋」に連載されたのが30年前。その頃すでに整備されていない状態だったということは、今ではすっかり道も消えてしまったのかも知れませんね。

なお、現在、釈迦堂切通しは、落石の危険があるため立ち入り禁止の看板がでています。

祇園山ハイキングコース

衣張山ハイキングコース

★鎌倉のハイキングコース イラストマップ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/07/12

鎌倉知られざる観光名所 その4 勝上けん展望台

鎌倉・湘南近辺の展望台と聞いて、誰もが思い浮かべるのが、2003年4月にリニューアルオープンした江の島展望灯台。
高さ41メートルの展望フロアからは、西に富士山・丹沢連峰、南に大島・伊豆半島など360度の大パノラマを楽しむことができます。

この江の島の展望灯台が「海」の展望台だとすれば、今日ご紹介する勝上けん展望台は「山」の展望台。
鎌倉北部の建長寺裏手の山中にあります。

勝上けん展望台へ向かうには、まずは拝観料を払って建長寺の境内へ。
鎌倉五山第一位の広い建長寺境内を奥へ奥へと進みます。

建長寺境内の最奥に鎮座するのが、寺の鎮守「半僧坊」。
ここは鎌倉北部の峰峰に沿って走る「天園ハイキングコース(鎌倉アルプス)」の入口。
半僧坊へと続く石段を登っていくと、無数の天狗の像たちが迎えてくれます。
このあたりは紅葉も多いので、紅葉の時期に訪れると最高です。

Dsc_0207


Phanzoubou3


この半僧坊にたどり着くまでも随分石段を上らなければなりませんが、勝上けん展望台へは、ここから更に石段を上らなければなりません。
途中石段から後を振り向くと、眼下に見える建長寺の伽藍がどんどん小さくなっていきます。

半僧坊から10分ほどでしょうか、目の前に展望台が見えてきます。
展望台といっても丸太を組んだ、ほんの簡素なものなんですけどね。

手すりにもたれて下を見ると、思わず声を上げたくなってしまいます。

Ptenbou1


下にほんの小さく見える建長寺の大伽藍と鎌倉の街。そしてその向こうにキラキラ輝いて見える海。
ここにくると、鎌倉は北・東・西の三方を山に囲まれ、南を海に面した「守るに易く、攻めるに難い」土地であることが、源頼朝が鎌倉を本拠にしたひとつの理由であるということが、よく分かりますね。

この展望台は、夏は夏でよいが、冬もまた格別です。
夕暮れ時、西の空にシルエットとなって浮かぶ富士山は、雄大であり、ノスタルジックでもあります。
宝石のように輝く街の灯を眺めながら、日没の瞬間、展望台に集う人々が、「ワー」と声を上げるにまじって、思わず私も声を上げてしまいました。

Psyojyokenyugure

鎌倉の、ひと味ちがった楽しみ方です。

天園ハイキングコース(鎌倉アルプス)

★管理人おすすめ!鎌倉・江ノ島 特選の宿

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/11

鎌倉知られざる観光名所 その3 報国寺

鎌倉知られざる観光名所 その3は鎌倉の「竹の寺」、報国寺です。

とは言っても、最近は、随分と参拝される方も増えてきましたので、「知られざる」というのは、もはや当たらないかもしれませんが。

こちらのお寺は、四季を通じて良いですが、特に夏の暑い日に訪れると、いいなーと思います。
というのは、本堂裏の無数の孟宗竹が植えられた「竹の庭」に入ると、背の高い竹が直射日光を遮ってくれて、夏でも涼しく、風が吹くと笹が触れ合って「ザワザワザワ」っと乾いた音を立てるのですが、これが非常に心地よいのです。
また、しっとりとした雨上がりは、竹林が最も美しく感じられる時。

Phoukokuji_03


報国寺の思い出で印象深いのは、なにかの雑誌の撮影だと思いますが、竹の庭でモデルさんの撮影をやっていたんですね。
しかも和服の女性ではなく、銀髪の宇宙人のようなお姉さんが、服をヒラヒラさせながらカメラに視線をおくっていました。
それを見て、「ああ、こういうのもありだな」と思いましたね。
和の空間の中に、宇宙人みたいなモデルさん。一見ミスマッチとも思える組み合わせが、高次の美を生み出す瞬間を見たような気がしました。

竹の庭には、赤い毛氈(もうせん)を敷いた茶席「休耕庵」もあり、抹茶とお菓子を頂くことが出来ます。
抹茶希望の場合は、拝観受付で「抹茶希望」と申し出ます。

美しい竹の庭を眺めながら抹茶を頂く。
なかなか出来ない贅沢だと思いますよ。

★鎌倉・江ノ島のお店、お土産情報

★鎌倉のグルメ・口コミ・お得なクーポン情報など

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/10

鎌倉知られざる観光名所 その2 本蓮寺

鎌倉知られざる観光名所 その2は、本蓮寺。
このお寺の住所は、鎌倉のお隣の藤沢市片瀬なので、正確に言うと鎌倉のお寺ではありません。
でも、参拝すると、とても心が落ち着く良いお寺なので、ご紹介したいと思います。

江ノ電の江ノ島駅改札を出たら、山側に向かってください。
通りを渡り、湘南モノレールの湘南江の島駅の左の道を入り、石造りの郵便局と消防署の間を進みます。

しばらく行くと、右手に常立寺というお寺があります。
このお寺には「元使塚」があります。元寇(蒙古来襲)の折、フビライ・ハーンが遣した降伏の使者を、時の執権・北条時宗は斬首してしまいます。
「元使塚」は、この時斬られた使者・杜世忠(とせいちゅう)らの供養塔です。
蒼いリボンで飾りつけがされています。

Gensiduka


さて、常立寺の前の道をさらに進み、5分ほど歩くと、右手に、目指す本蓮寺があります。
本蓮寺の境内は、本当に良く手入れが行き届いていて気持ちが良いです。なんというか、高級料亭の庭のような感じですね。

Honrenji1


お寺の歴史は大変古く、推古天皇の3年(西暦595年)まで遡るそうです。
このお寺で特に見て頂きたいのは、本堂裏の多宝塔です。多宝塔とは仏塔の一形式で、簡単に言ってしまえば二重の塔です。
本堂右手の墓地に入り、階段を登ると見えてくる木造の多宝塔は本当に美しい!

Honrenji2


ちなみに、今日ご紹介した常立寺と本蓮寺のほか、龍口寺(りゅうこうじ)のすぐ裏手にある法源寺、さらに腰越の本龍寺、東漸寺、妙典寺、勧行寺、本成寺の8つのお寺をあわせて、龍口寺の輪番八ヶ寺と言います。
龍口寺は、日蓮宗の霊跡の地として有名な大きなお寺ですが、昔は住持(住職)を置いていませんでした。そこで明治19年にこの制度が廃止されるまで寺務を輪番で担当したのが、この八つのお寺なのです。
龍口寺の輪番八ヶ寺巡りなども面白いかもしれませんね。

★鎌倉の観光情報を探すなら 鎌倉観光名所検索

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/09

鎌倉知られざる観光名所 その1 覚園寺

覚園寺-鎌倉時代にタイムスリップできる寺-

鎌倉の観光名所と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、鎌倉大仏、鶴岡八幡宮、建長寺、円覚寺といったところ・・・。
もちろん、大仏さまは大仏さまで素晴らしいとは思いますが、鎌倉にはガイドブックでも余り大きくは紹介されてないけれども、素晴らしい場所がたくさんあります。

私が個人的に大好きなおすすめスポットを、今日から何ヶ所かご紹介していきたいと思います。

まず最初にご紹介するのは、覚園寺というお寺。
鎌倉宮の境内手前を左に入って行った、谷戸(やと)の奥にあるお寺です。

お寺の拝観は、入口で拝観料を払ったら、あとは自由に見て周るというのが普通ですが、こちらのお寺はちょっと変っています。
毎日、10:00、11:00、12:00(休日のみ)、13:00、14:00、15:00の決められた時刻になると、お寺の方がガイドになって、約50分かけて境内を案内してくれるのです。
見物の人たちは、お寺の方のあとについて、ゾロゾロと境内の中を歩いて周ります。
鎌倉のツアー寺などとも、言われるようになってきたようですね。

Pkakuonji3


覚園寺の境内は広く、まるで、800年前の鎌倉時代の”時”がそのままストップしているかのようです。
境内に入ってしばらくして見えてくる茅葺屋根の薬師堂には、日光、月光の両脇侍を従えた本尊の薬師如来や十二神将が安置されています。また、堂の柱の梁(はり)には、室町時代にこの堂を修理した際、足利尊氏が書いたと伝わる直筆の文字が残っています。

また、覚園寺には、建立にまつわる次のような話が伝わっています。

---時の執権・北条義時(頼朝の妻・北条政子の弟)は、実朝に付き従って鶴岡八幡宮を参拝した晩、薬師十二神将の戌神(犬神)が夢枕に現れ、
「今年の参拝は無事だったが、来年の参拝に加わってはならぬ。」
とのお告げを受けた。義時はこれを日頃信仰する薬師如来のお告げと受け止め、私財を投じて大倉に薬師堂を建てた。
これが覚園寺の前身である大倉薬師堂である。

その翌年、実朝の右大臣拝賀式の当日、お告げのことを思い、気の進まぬまま御剣の役として実朝の供についた義時は、鶴岡八幡宮の門のところでお告げの夢に出てきたのと同じ白い犬(戌神の化身)を見て、にわかに気分が悪くなり、剣を人に譲って自邸に帰った。
その後、拝賀式の後、実朝は公暁に斬殺され、義時に代わって御剣の役を務めた者も斬られた。この時、覚園寺薬師堂の十二神将の戌神は居なくなっていたという。---

実朝の暗殺は、そもそも北条氏の企てによるものとも言われていますが、果たして真相はどうなのでしょうか。

そうそう、覚園寺で忘れてはならない仏様がいらっしゃいます。
薬師堂のご本尊の右奥に祀られている「鞘(さや)阿弥陀」という、とてもお顔の表情が美しい仏様。
ノーベル文学賞の故川端康成氏が、この仏様が大好きだったそうで、逗子マリーナの自室で自殺する直前にもこの仏様を拝みにこられたのだそうです。
そのとき、胸のうちで何を考えていらっしゃったのでしょうか。

鎌倉紀行 覚園寺

★管理人おすすめ!鎌倉・江ノ島 特選の宿

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/04

今年の鎌倉は義経一色

今年の鎌倉は、NHKの大河ドラマの影響で、義経一色ですね。

下の写真は、江ノ電腰越駅の駅舎。
腰越駅のそばには、源平の戦で功績をあげたものの、兄・頼朝の勘気をこうむって鎌倉入りすることができなかった義経が、かの有名な「腰越状」をしたためた場所、満福寺があります。
そういうわけで、腰越駅の駅舎に、このような絵がかかれているわけですが。。。

Yositune


どうでしょう? ちょっと、絵がかわいらしすぎるような気もしますが・・・(笑)。

私は大河ドラマ見てないんですけど(笑)。
どうなんです?
面白いんですか???(その昔、大河ドラマ「武蔵坊弁慶」は見てましたが・・・)

参考までに。
義経関連で私が書いたエッセイと旅行記です。

義経と静の物語
奥州平泉の歴史散策

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/03

7月の鎌倉 おすすめ散策コース 海岸を散歩

もう夏本番目前!7月のおすすめ散策コースは、江ノ電の七里ヶ浜駅から稲村ヶ崎駅まで、海岸の散策コースです。

七里ヶ浜駅の改札を出ると、もう磯の香がします。それもそのはず、海岸までほんの100メートル位ですから。
国道を渡って、早速砂浜に下りちゃいましょう。砂浜に下りる階段が丁度腰掛けるのに良いので、しばらくのんびり打ち寄せる波を眺めるのも良いですね。
右を見れば、江ノ島の大きなシルエットが見えます。左を見ると、稲村ヶ崎とその向こうに横たわる三浦半島の突端まで見ることができます。
7月上旬のこの時期でも、ウィンドサーフィンを楽しむ人や、水着姿で肌を焼いている人がいますね(でも砂浜に打ち寄せられた昆布の香が強烈)。

さて、しばらく休憩したら、砂浜を稲村ヶ崎の方へ歩いていきましょう。
歩きながら波を見ていると、打ち寄せる波にも大波と小波があるのが良く分かります。波打ち際を油断して歩いていると、時々やってくる大波で、靴も靴下もビショビショになっちゃいます。

Inamura1


海岸散策を十分楽しんだら、階段をのぼって国道までもどりましょう(階段は数箇所にあります)。
稲村ヶ崎まで、国道沿いを海を眺めながら歩くのも良いですが、江ノ電に沿って、住宅地の中を歩いていくのも楽しいです(七里ヶ浜の駅付近で海岸沿いを走っていた江ノ電は、稲村ヶ崎の駅へ向かって山の方にそれていく)。
この辺りには、江ノ電の線路をまたがないと家の敷地に入れない家なんていうのもあります。

Inamura2


稲村ヶ崎一帯は公園として整備されているので、お弁当を広げるのも良いですね。夏場はよくバーベキューをやっている人もいます。
また、稲村ヶ崎は、かながわの景勝50選にも選ばれている素敵なビューポイントです。特に江ノ島の方角に夕日が次第に沈んでいく夕暮れの時刻は最高です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »